いのちの大学構想を育んできた30年

‐ひとりのいのちから無限の愛へ‐

1975年4月3日早穂理(さおり)誕生。
カンシ分娩による頭蓋内出血。脳損傷を受ける。
1975年7月。生後3ヶ月。
長野に帰省。乳もあまり飲まず、母みどり不安な日々を送る。
1977年。
リハビリ(重度心身障害児通園施設愛の木園)に通いながら、福祉の活動団体を立ち上げる。
1978年。
医療、教育、福祉、ボランティア活動などを多彩に展開する。
1978年。
多くの市民・文化人の協力を得て、市民チャリティーバザーと福祉コンサートを企画、4回開催される。
1980年。
心の苦しみを超えようと雨の日も、雪の日も朝3時に起きる10年間の参禅。
1981年。
早穂理庵を建て飯綱高原に住まいを移す。
薪を切り、自然の中で心を見つめる生活。
1982頃。
土を開墾し、無農薬の野菜作り自給自足の日々の中で心は満たされていった。
1983年。
様々な学びの会が開かれ、多くの人が訪れる。
1993年。
10年の歳月が流れ、多くの方の賛同と協力を得て、水輪が建設され、人の輪が広がる。
1996年。
何回も入退院を繰り返し生死をさまよう。これを機にホリスティックな医療・死生観を深める。
1998年。
1年のブランクを経て水輪を再会。同年、水織音が建設され、いのちの大学構想に向けて夢を語る。
1998年。
スーザン・オズボーンのボイスセミナー開催を縁に、長野オリンピック・パラリンピックで熱唱し真心の歌を世界に発信。
2000年。
様々な悩みや課題を抱えている若者たちが、スタッフ・実習生として参加。早穂理の介護からいのちの大学の原点を学ぶ。
2005年。
アントロポゾフィー国際医学ゼミナール開催される。心と体をつなぐ医療を学び、深めるドクターが世界中から集まる。
2005年。
スタッフ、実習生徐々に増加。教育・福祉・環境・農・食などいのちの大学についても色々なアイディアがでる。

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