2007年度 4月29日(日・祝)〜5月5日(土・祝)

国際アントロポゾフィー医学ゼミナールボランティア参加者の声

参加されたみなさまからお寄せ頂いた感想の中から一部をご紹介させて頂きます。

M・H (東京都・女性)

4月30日
 水輪に来て木々や太陽が美しいな、みんなと共に働けてうれしいな、と思う時もあれば自分の自信のなさや否定していることが心の中に上がって来ています。体が緊張したりしています。水輪の掛け軸に書いてあった、「無限の可能性がある」からは程遠いことを心の中でやっているように思う。ダメだと思えばダメでストップしてしまうし大丈夫と思えば大丈夫なのだろう。

5月1日
 厨房での仕事はやはり日頃していないのでみじん切りはおそく戦力にはなってなかったようであった。でも一日があっという間でした。自分が携わった料理があとで自分も食べられて嬉しかったです。目の前のことを一生懸命にしたという感じでした。それをすると時間の感覚がなくなるような気がします。自分に欠けているとことはここだったように思いました。
 仕事にしても日常にしても今していることと違うことを思っている時がある。仕事が嫌だ、合わないと思っていると今に集中出来ず問題を起こしてしまう。悩みをひきずったままするのではなく、今をちゃんとすることが私には大切だと思った。

Y・S (東京都・女性)

4月28日

 相手に物事を指示する時のことを考えた。相手に
 ・わかりやすく
 ・ シンプルに
 ・ 尊敬の念を持って
 ・ 辛抱強く
 伝えているだろうか?分かりやすく伝えるということは
 1、 内容を咀嚼、消化し自分のものに出来ているということ
 2、 全体を見渡す視野ムBIRD EYEを持つ
 3、 相手の理解しやすい方法=キャッチしやすい球を投げる
 自分のなかに相手に何かを頼むことへの罪悪感がある時、エゴの強い時、私のオーダーの出し方はねじ曲がってしまう。こういう時、私は相手も自分も大切にしていない、ということだ。
 そして、相手に尊敬の念を持てなくなっている時、それは、自分の思い上がりが大きくなっている、ということ。

4月29日
 とても早く起きたのに、短い1日だった。そして途中、全く眠くない、空腹感もない。緊張しているのか?集中しているのか?ものすごく充実していたのはたしかだ。
 こんなに長い時間厨房(台所)にいるのは生まれて初めての経験。まな板出して、切って洗って拭いてしまってまた出してを何回繰り返しただろう。その繰り返しの中で、ふと、同じ小松菜でも触った感触、包丁を入れたときの、手に伝わってくるものがそれぞれ違うんだ!と思った。食べること、生きること、大切なことは毎日毎日の繰り返しの中にかくれている。かくれているからちゃんと見ないと気づけない。
 そして、ここ水輪は厳しさと許しのエネルギーに満ちた場所だと思う。どちらも愛に基づくもの。一瞬一瞬この厳しさと許しの空気がピンと張っている。これは、ここにいる人々のエネルギーと、その波動の高さが作り上げているんだろうなと思う。私も厳しさと許しの力を付けて行きたい。

K・A(茨城県・女性)

4月29日
 今ここで若い人たちと共に、早穂理さんや塩沢夫妻とこうして時を共有しているのはとても不思議な気持ちです。昨夜ふと心にうかんだ言葉“謙虚”これがキイワードなのかな
 生かされているということはとても幸せなことで、与えられた生命を大切に生きたいと思っている。でも使いそびれた食品を無駄にして「アー又やってしまった」と反省してもケロリと次の買い物をしてしまう。水やエネルギー、食物、そして生命をいとおしんで感謝して大切にして行こうと心していても、自分の過失につい甘くなっている。きっと真剣に真っ向から大切にしきれていないのだと思う。 

4月30日
 厨房二日目にしてようやく動き方が少し飲み込めてきて、初めは「じぶんはいつも何ていい加減なことをしていたのだろうか」という反省のみだったのが、「そうだ、こういうふうに動いたら今までよりもっと満足感、幸福な思いを味わえるだろうな」と思えて来た。
 一日の仕事の終わりにただ汚れを落としたい、という気持ちでていねいに床を拭き掃除している実習生を見て、寝そべってテレビを見ながらご飯を食べていた人が・・・と、びっくりしました。くる理由がきっとあったんだと思います。息子たちがもう少し若かったらしばらく行きなさいと勧めるのにと、少々残念でした。

S・A (神奈川・女性)

5月3日
 一番忙しい時間(昼食時)に着いてしまい、まずは母屋で食器洗い、片付けにすぐに取り組むことになり、量の多さにやりがいがありました。食器の片付け、ふきん干し等家でもやっていることですが、量の多さと雰囲気でその事に集中して出来ることが普段と違ってうれしく思いました。
 皆さんの取り組む姿を見て、エネルギーをもらった感じです。明日はもう少しまわりも見れるよう意識したいと思います。

5月4日
 他のことを考えず、今日も一日今のことに向かうことが、また、そうせざるを得ない状況が心地よく思う。
 (研先生の話をきいて)まわりを見る時に研先生やスタッフの目の動きを見ると、次に何をするのか、したいのかを気づくことがあり、それをもっと意識出来ると良いと思った。

5月5日
 最終日ということか、スタッフのKさんの笑顔が多いようにみられた。私自身もハードなワークは終わるんだなという気持ちがあったように思う。朝食片付けのお皿の油汚れがちょっとひっかかりながらも大丈夫かなという甘さをM子さんに指摘されてかえって良かったと思う。
 帰られるゲストの方が声をかけて下さるのが本当にうれしかった。私が水輪に来るきっかけは友達から養生塾を教えてもらったことだが、その前に山本忍先生にもお会いしていたので帰りに握手していってくれたこともありがたかった。
 事前資料のスタッフの心得で「笑顔を」(鏡を見た時の顔でなく)という文章にギクッとしていたので心がけようと思っていた。が、気が付くとむっとした表情だったのではと思う。また、すっと声が出ず、「ありがとうございました」などな基本的なあいさつが大きく出せない自分。それがなぜなのかはわからない。心から感じていないのか?
 J子ちゃんが手際が良いと言ってくれた時に、また次の事を予想して動かなきゃダメよとみどり先生が言ってらした時、こうした方が効率が良いだろうと思った時、色々な時に、私を育ててくれたのはやはり家族なんだろうなと感じました。子育ての中で段取りをし、並行して洗濯や料理をし、という毎日の生活の大切さ。無我夢中でやって来た時代は今回のワーク中の様に余計な事を考える間もなかった。が、だんだん体に余裕が出てくると心に余裕が出過ぎたのか。自分の思い通りにならない時の、対処の下手さのストレスが病気のきっかけでもある様に思います。

T・K (千葉県・男性)

4月28日
 目標:60年の人生の垢を落として、出て来た新たな自分と向き合おう。
 これまでに経験した事のない五日間になるだろう。プログラムは細かく立てられており、その時々に何をするかも大方予想は出来た。しかし一つ一つの活動に集中して全力で成し遂げる。気がそのことに集中する、体が反応する、気配りが出来る、持続する等々不安はある。ただ気持ちが前向きになっているので自分に期待している。

4月29日
 水輪、といえば大きく視界を開けさせている窓。いつ来ても、その空に汚れも曇りも付着していたことがない。今日はこの憧れの「水輪の窓ガラス拭き」。
集中して一気に仕上げたつもりが、窓枠を持つ指が時々ガラスにかかる。確認をしないまま次に移ったことが気がかり。
 こけ玉の水やりをしていて、こけ玉がこんなに乾きやすいとはしらなかった。特に陽当たりの良い場所、ヒーターのきいた部屋のこけ玉のあまりの軽さにハッとする。水に入れた時ゴポゴポと水を吸い上げる音は「待っていたよ、ありがとう」と言っていてくれている様に聞こえる。水から上げた植物の生き生き、つやつやした輝き。まさしく水は命の源。命のつながり、水のめぐりを感じる。

4月30日
 皆さんのご配慮のおかげで体の疲れは回復したが、気持ちの方は下降気味。これではいけないと思いながら、思考停止といった感じ。
 私には、食事時のスリッパの整理、出し入れ(下足番)の仕事を与えられている。
・ 笑顔と明るい挨拶で迎える
・ 常に整理整頓、清掃に心掛ける。
・ 少なくとも講師の先生の靴は直ぐに出せる様にする
・ 帰りがけをスムーズにするにはビジターの前で(下足番が)靴を棚にいれる。
昨日より今日の方が帰りに靴を探している時間が大幅に短縮した様に思う。

J・F (奈良県・女性)

5月3日
 今回の目標は常に笑顔で言い方も柔らかくていねいに。そしてまわりをよく見るということでした。
 前半はまずまずでしたが、夕食時は全然余裕がありませんでした。夕食の片付けの時は自分は仕事に追いつけず、他のことができずにYさんがどんどん動き、指示を出されているのをさすがだなあと横目で見つつ、自分のことだけに必死でした。
 反省点は指示を確認しても明確な答えが返ってこなかったので(料理を)持って行ってしまい、また持って帰らなくてはいけなかったことです。確実に確認するとタイミングを逃し動けなくなってしまうこともありましたが、それでも確認は必要だと思いました。

5月4日
 厨房にもだいぶ慣れたと思っていたのですが、大変な所は全部他のボランティアスタッフがフォローして下さっていたのだということがよくわかりました。
 昨日研先生が料理の数をカウントされていたのに朝のパンではそれを応用することが出来ませんでした。何をどの器にとれだけ盛るかなど、いい勉強をさせていただきました。

5月5日
 今日はたくさん失敗をしましたが、楽しい一日でした。フィードバックもいただけて、みどり先生やスタッフの方とも和やかな時間を持てましたし、他のボランティアスタッフの方ともお話し出来て良かったです。
 今日の失敗についてかんがえてみると、それがどういう意味を持つのかを考え、終着点がどういうものかのビジョンを持つことが出来なかったことが大きな原因だと思いました。言われたら、思いついたら即行動するのではなく良く考えて動くことが大切だと思いました。そして何より確認することが必要だと痛感しました。
 昨年と比べて、自分がだいぶかわったなという感じがします。少し肩の力が抜けて楽しめる様になりました。

Y・T (東京・男性)

4月30日
 今日はゴムを延ばしっぱなしで走った感じ。確かに今を生きている実感はあり、若いとき、トライアスロンを終わった時の充足感です。でもこの年になるともうこれ以上は出来ないと思う反面まだやれるとも感じた。今までのボランティアの中で一番ハードだった。確かにこういう中で若い人をきたえれば強くなる。

R・M (北海道)

4月27日(母屋の食器片付けをして)
 使った食器を洗い、片付ける、また、終了した台所をその都度きれいにするというあたりまえのことが今までの生活でとても粗雑に行っていたのだと気づかされました。その都度行うことは今までとても面倒に思っていましたが。全て終わってみるととても気持ちが良いものだと思いました。

4月28日
 中庭の枝拾いと落ち葉掃き。きれいにするよういわれるが、こんなに広い場所を全部・・・・と正直気がすすまなくもあった。また、きれいにしてもすぐ汚れるのになどと思う自分もいた。しかし、少しづつきれいになってゆくにつれ、そう思う自分も徐々にいなくなり、ただこの場がきれいになって心地よいという気持ちになってきた。すぐ汚れるのに・・・・と思う自分は生きること自体もおろそかにしてしまっていたのだと思います。

4月29日(厨房での作業)
 限られた時間の中でいかに効率よく作業を行いお客様を心地よくもてなすことが出来るか。
 今までも時間に追われて仕事をしている時はあった。が、なかなか気配り、目配りをしながら自分が何をしなければならないかを考え、動くことは難しいと感じます。しかし、大きな仕事を成そうと思う程、様々な面に気配り、目配りをしなくてはならないということを身にしみて感じさせられました。ここ(水輪)ではスタッフの皆さんが気配り目配りがきちんと出来る様に学びを深めてゆく場だということも日常生活の中で肌で感じました。自分も少しでもそうなりたいと思います。

5月3日
 今日はボランティアスタッフのKさん、Tさんがワークを終了することになり皆から二人へ(別れの)あいさつの言葉があった。そのどれもが本当に一緒に共有出来た時間にあたたかいものを感じたという言葉ばかり。自分からのあいさつの前に泣けてきました。何故だかわからないが、人は本当に心の底から崇高なものに出会い感じると魂が喜んで泣けてくるのかもしれないと思った。黙々と人の履物を揃えるKさんの後ろ姿は目に焼き付いて離れない。たった数日の出会いなのに他人の心にこんなに印象を残せる二人。私もそんな人になりたいです。

5月5日
 長かったようであっという間の八日間でした。初めの二、三日は全日続けられるか不安で帰りたいような気分で毎日のワークを行っていました。ボランティアスタッフとして一人前に働かないといけないとストレスに感じていたことも原因としてあったと思います。ただ仕事、と考えると効率よく働くことが大切で、出来ない自分に価値がないと思ってしまいますが、「ワーク」として考えると自分を高める、自分の問題に気付くということが大切になってきます。これに気付けて本当に良かったと思います。
 素晴らしい水輪の皆と一緒に働くことが出来て感謝しています。(アントロポゾフィーの)参加者の方々も、モチベーションが高くお話ししているだけでたくさんの学びとなりました。

K・Y (長野県・女性)

4月29日
 どこまでも青い春の空と鳥の声、風の音は最高に気持ちが良かったです。アントロに参加される先生たちがもたらしたのでしょうか?すごいエネルギーだなあ・・・・と思います。
 今日、落ち葉拾いをしました。その中で若い草木の芽や葉が、枯れ葉を突き破って成長しその枯れ葉を持ち上げつつなお成長を続けている姿を目にしました。この光景を目にした時、真っ先に「人の死」を思いました。多勢の方とのお別れを経験してきましたが、まさに「その人の生き様」=「死に様」だと感じました。その人が生きて来たように死ぬのです。そこには間違いも正解もありません。まさにあるがままです。ありのまま、あるがままの自分で生きることで、そして死にゆくことで私も次の世代へ、そして周りの人へ伝えていけるものがあるのならば、それだけでも私の存在意義はあるのだと感じます。

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